紡ぐ

不登校の娘たちを通して、自分の子育て、人生やり直し中!不登校を問題だと思う私が問題だったという・・・

【不登校】とりあえず楽しむ

ある実験。


<時計周りに回していた手がいつまにか反時計周りになるから気をつけてね!>

腕を伸ばし、人差し指だけを伸ばし、天井に向ける
時計回りにぐるぐる回す
ぐるぐる回しながら、ひじをまげて下に下げてくる

うわわわわ!!!
反時計周りになった!!!

何回かやるけど、気がつかない私。
こわ~!!こわ~!!!
なんで~!!!!


と、叫んでいると、4年長女が。

「いや、これ下から見てたのを上から見るようになっただけやん」


・・・・ほんまや。賢いな。


とまぁ、からくりがわかるとどうってことないけれど、大概の人結構びっくりする。




で、こどもたちとこんな話に。
一つの物事も、見る方向によっては全く景色が違うってことよね。


ということは・・・・きみたちが学校に行ってない今の生活も、行ってないことを悪いと見る人もいれば、
いいやん。って思う人もいるよね?お母さんたちは、まぁまぁおもしろがってるけど、それって少数だと思うわ。

じゃぁ、こっち側の 「おもしろがってる人」 目線からの、不登校の本書いたらみんな読んでくれるかな!


という話になり、こどもたちもえらくノリ気でww


「最後のあとがきは、私らが自筆で書くからそこまでお母さんね!」
「本にするには、内容が少なくない?ほんまにずっと学校行ったらあかんのちゃう?」

そんな話で、ワイワイと盛り上がったある夜の我が家。





どうせなら、おもしろがるほうがいいやん。初めは不登校に悲壮感たっぷりやったけど、いつまでもそんなんしんどいやん。
あかん、どうしよう。って毎日過ごしてたら、本当にどうしようもなくなる未来を連れてきそうで、私はそっちのほうが怖い。
それでも時々、不安になることもある。子どもたちの将来に不安ではなく、自分への不安。

親として子どもたちに教えてあげれることが、こんな形でいいのかな、とか。そもそも「教える」って気持ちが傲慢かな、とか。
ただ、自分のしんどいことから逃げてるだけかな、とか。仕事を免罪符にして、子どもたちと向き合ってないのかな。とか・・・・
そんなことをグルグル考える日もあるけど、やっぱり考えてても辿りつくところは、 
「今を楽しもう!」 ってこと。


たったの10年後。
旦那は、59歳。私は48歳。
長女は、20歳。次女は18歳。


たった10年。こどもたちはもう私たちの膝の上で泣いている子どもじゃない。
私たちも、こどものことで右往左往してる年齢でもない。もっと自分の人生をどう生きたいかを本気で考えないと。
そう思うと、こどもたちの今の一瞬って本当に貴重でキラキラしててまばゆいほどのものだと思う。
だからこそ、学校に行って、たくさんの友達や先生と色んな経験をしてほしいと思うんだと思う。
学校にはそれが詰まってると思い込んでるんだろうな。それを疑いもしなかったしね。
もちろん、今でもその気持ちは、私の中に残ってる。
だけど、娘達が自分たちを楽しませる場所として学校を選ばないんだったら、それを受け入れてあげたい。


学校に行ってようが、家で毎日過ごしてようが、娘達が大人になるのなんてあっっっっという間。


一番小さな社会と言われる家族。そこでの日々が楽しいものでありますように。

そこが楽しけりゃ、未来も楽しい!

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